Kakyo's Diary

気ままな日々のことブログ

看護師を目指していたけれど挫折した

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こんにちは☀️



夏郷です!





自己紹介でも話したんですが、わたしが看護師を目指しながら病院の看護助手をしていたころの話をしたいと思います。

記事はこちら∇∇
kakyo-gachako.info





看護師を目指したきっかけ


ぶっちゃけますと

ただただ、お家を出て家族から離れたかった。


その時のわたしは、絶対に家を出ると決意していたからです!


しかし

そう甘くはなかった!


わざわざ遠くに行かなくても近場に看護学校があるのになんで?

って受け入れては(理解してもらえなかった)くれず、とにかく言い合いになりました。



恥ずかしながら…暴れました…笑


先生の紹介で看護学校に行きながら、病院で働くという仕組みをとっている病院の案内を聞き、場所が「大阪」ということもありわたしは「これだ!」っと思って、決めたのでした。

とにかく遠くに行きたかった。



わたしは今までこれといって何になりたいとかの目標や夢を持てずにいました。


ただ家を出たいきっかけで出会ったのが「看護師」という仕事でした。

漠然とでしたが、人の役に立てることがしたいという気持ちだけは、昔から変わらず今も強かったです。


身近に看護師をしている人がいたので、どのような仕事なのかイメージは分かっていました。


看護師になると決めた以上は、生半可な気持ちではいけないとしっかりと調べたり、働く病院の人事の人や看護部長さんに聞き、意志を固めていきました。

一生懸命に勉強をし、看護学校の受験をし、無事合格。

その後もバタバタと準備をし、大阪へ。

母と父はちゃんと送り出してくれました。
車で送り届けてくれました。

無理を通して、ぶつかったけれど最後にはちゃんと応援してくれてるのだと安心できましたし頑張ろうと思えたのでした。



大阪での看護学生と病院での勤務がスタートしました。

看護学校と病院での看護助手としての勤務

わたしは、まずは、環境の変化、田舎から都会に来ると公共の交通機関の便利さには驚き、路線や地名を覚えることなど生活に慣れることからのスタートでした。


全てにちんぷんかんぷんでしたが、なんとかなる精神で乗り切ってました。


それから関西弁も苦労させられた!


全くイントネーションが違うから、最初は聞き慣れず、不快で仕方なかっです。



看護学校


看護学校の同級生は40人。

主婦やサラリーマンを辞めた人など色んな年齢の人がいました。

わたしと同じように、病院で働く同期の子もいました。


とにかく教材や参考書だけで10万円以上!

ナース服やその他自分で用意するものがたくさんあって、毎回大変。


わたしは仕送りなどはなく、奨学金と病院で働く給料で生活をまかなっていたため、全く余裕がなかったです。

学校の人と遊びに行くのも控えていて、あまりクラスにも馴染めずにいました。

正直楽しくなかったです。

もちろん目的は看護師になることで勉強に励んでましたけど、仕事との両立は大変で、クタクタになっても次の日テストだからと勉強したりと必死だったのです。

同期の子は、学生生活を楽しんでるようでした。

自分を追い込んでしまうため、いっぺんに色んなことに対処出来ず、孤立していたように思います。


みんなでワイワイしたり、群れたりするのが好きじゃないからいいんですけどね。



看護学校は3年制


1年目、2年目はとにかく医療の基礎知識や法律、薬学などの勉強と看護の方法(シーツ交換や洗髪、オムツ交換)実技の授業で、毎週何かしら試験がありました。

1年目のには初期実習があったりなど、とにかく詰め込まれたカリキュラムです。



授業によってはちんぷんかんぷんでした笑

寝てました笑


阪神タイガースファンの先生は、野球の勝敗によってテストの難易度を決めている意味わからん先生もいた。

試合チェックしなきゃならんのだるい笑


うん。個性的!


それから、授業がら熱血過ぎて唾が飛びまくる先生とかもいた。


なんだかんだ勉強生活は充実していました!


ナイチンゲールの誓いの宣誓もしました。
この儀式って、ほんと看護師目指すなら憧れよね!


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部屋真っ暗にしてロウソクもって歩いて、ナースキャップつけてもらって、みんなで宣誓する。

ざっくりこんな感じ!




3年目には、1年を通して実習が始まります。

これが本当に辛い!


わたしの学校は、レポートは全部手書きなので、腱鞘炎なりそうでした。


とにかくレポート、記録、書いて書いて書きまくります。


そして半端なく、指導が怖い!


精神的にダメージ絶大。


生死に関わる仕事だから厳しいのは分かりますけど、あの冷たい態度と責めたてるような指摘は伝統なのか、やめて欲しいよね。

これで育ったからこうするのが普通みたいなスタンスが大嫌いや笑笑



夢を見て、優しいキラキラな看護師像を少なからず持っていたので、そのガッシャーンってイメージが叩き壊されます。


白衣の天使やなくて、現実は白衣の戦士です。


実習が半分終わった頃、

わたしはストレスでおかしくなりました。



毎日

朝ナース服にアイロンかけて、早くから実習に行って、張り詰めた空気感での実習と報告。

帰ってきてからは、ご飯食べて、お風呂入って、洗濯して、ひたすら実習レポートを書く。


2時間くらいしか寝れず、何なら寝るのもったいないくらい追い込まれてました。

そしてまた朝が来て実習への繰り返し。


睡眠不足過ぎて、心身ともに弱りました。


ある日、レポートを書いていて寝てしまって、レポートが書けてないまま実習へ。

当然、けちょんけちょんに怒られ、精神崩壊。

その日は何とか乗り切り、帰ってきて、これまで必死にやってきたことが何も出来なかったんです。

次の日から実習にも行けず何も書けず、とにかく電話の嵐。

誰にも会いたくなく引きこもり鬱に近い状態になりました。わたしの安否が分からず寮を管理する事務の人まで来ました。

無事でよかった!

そう言われて、わたしはもうここにはいれないと思い決意しました。

中退する。

看護師にはならないと。


それからは、たくさんの人とたくさん話しました。

あと半年頑張ればいい、もったいない、もう1年頑張ろう、と言われ続け引き止められたけれど、わたしはもう決めていました。


学校を辞めた。



病院での看護助手勤務


初めての社会人として日々の生活がスタートしました。


学生社員という立ち位置で、看護助手として実習が始まるまでの2年間働きました。


わたしの配属は急性期病棟(外科手術をする人などいる病棟)に決められました。


初日から洗礼を受けた。

全く右も左も分からないにも関わらず、いきなりやりなさい言われたんです。

いや、えっ、えーー!

何かしら、教えて?


わたしは、社会人とはこうゆうものかと、何でも「はい」と聞いて取り組みました。


救いはわたしと同じ学生の先輩がいたことでした。優しく教えてくれているのに、周りはわざわざ怒ったり、ピリピリとした職場の中で唯一の癒しの存在でした。



全て見て覚えてくれ

歩くの遅い

覚えが悪い

などこてんぱんにされてました。


学生とはいえ、入社したてでまだ知識もやり方も分からないままなので、半年間は覚えて慣れるまではクタクタになり帰って爆睡。


それから余裕もって働けるようになりました。


わたし成長したー笑



わたしの同期は違う部署で、話しをするとわたしのいる部署と大違いで楽しくやっているようでした。


あとから、分かりましたがわたしがいる部署が怖くて大変な部署だったみたいです。

わたしヘタレやのになんでー……


夢と希望を持って、仕事に対してはすごくやりがいがあったし、患者さんともよく話すようにもなり、人の役に立てているという実感がありました。


しかし、

人の醜い面にわたしは絶望しました。

思い描いていた看護師像と違っていて、学校で学んでいても本当にわたしは看護師になりたいのかという迷いがずっとあったのです。



とにかく、ネチネチ、愚痴愚痴って感じで不快でした。

○○さんからあなたがちゃんと仕事してないからわたしまで言われたじゃないのって、ダブルパンチをくらうこともたくさんあった。

わたしが悪い時は、素直に反省しますけど、わたしのミスではないことをらわたしのせいにして責められることもあり、理不尽に思いながらも謝らないといけない状況。

わたしに言いやすいのか、だいたいわたしが悪いことになっている。


嫌味の塊じゃない?


色んな人の文句を言いふらす

新人看護師はだいたいナースステーションで泣いている



それを見て、わたしもこんなふうになりたくないなって思いました。

ボスキャラにはヘコヘコしないといけない


女性が固まるとややこしい!めんどくさい!


自分がされてきたから後輩にもするのはわたしは間違っているって思うのです。


白衣の天使やないのか?


裏の顔やばい……



そう言わずにはいられなかった。




わたしの病棟の看護師さんは怖いからと患者さんに言われたこともあるほど。



1、2人素晴らしい思いやりのある人もいました。



わたしが働いた環境があくまでこんな感じだっただけで、全てがこうとは限りませんよ。



将来卒業し、看護師になったらこの環境で働かなきゃいけないのが憂鬱で仕方なかったです。


それから、人の死を看るのがわたしには出来ないと感じてしまったのも要因です。

まとめ


看護師になるのを辞めたことは後悔したことはないです。



看護師の仕事は素晴らしいです。




頑丈な心が必要です。


わたしは、辞めたことを今でも批難されます。


わたしに残ったのは多額の奨学金


やってみたからこそ、違うって思えたんだからいいんだ。

行動をしたってことが大事。



どんな道を選ぶにしても、本当に自分がなりたいものや目的・目標を持つことが大切だとこれからの人生に対して思います。


わたしはまだまだ探求中!






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