Kakyo's Diary

気ままな日々のことブログ

働くことにやる気スイッチ入らない

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こんにちは✨

夏郷(かきょう)です!


わたしはただのぐーたら野郎です。

スネかじりまくりのやつです。

体調も崩してしまいました。



こんなわたしでも色々考えだったり思うことはちゃんとあるのです。

一般的な意見として、毎日色々な思いを持ちつつ、一生懸命仕事をしている人からしたら否定的な人間に思われがちですよね。

実際、わたしも働いていた時は、生きて行く為にはお金は必要ですし、仕事をして皆んなが精一杯いきているのだと。だからニートなんてありえないし、社会人として仕事バリバリやってるのが当たり前だと思ってました。



周りからも散々な言われようです……

  • 甘えている、世の中あまくみすぎている
  • いい加減大人になれよ
  • バカなのお前
  • 何でもいいから働け

などざっくり言うとこんな感じです。

わたし弱い人間であまりに責められると本当に心はズタズタのボロボロです。いちいち凹んでしまいます。笑

ただただ、単純に方法とかはわかんないけれど皆んなを見返してやるという思いだけで今は生きてます。



呆れちゃうくらいどうしようもないやつでも何か出来ることはないかと日々模索しています。



では、
これまでのわたしの仕事について話していこうかと思います。





本当にやりたいか分からないままに



わたしのお家は父が亭主関白で何をするにも父が絶対的地位でした。

そんな父に対して母はそれに従う感じでした。



習い事はやらして貰えましたがとりあえず父がやれと兄と一緒に柔道をさせらました。その時は小学生なったばかりだったと思います。泣き虫で練習中はほとんど泣きながらやっていたので母に恥ずかしいと怒られていました。何でこんなことやらなければいけないのってくら嫌々だったと思います。小学生5.6年生になると成長期が早くきて、続けられないと辞めてしまいました。



兄は運動神経抜群で何をするにも上手くて優勝したりしてました。わたしは運動神経は全くだめで、よく比較されてました。

家の中で兄が優先で兄がやるならわたしにもやらせようって感じでした。



英語教室にも通って、わたしはどちらかというとこちらが向いていました。何より楽しくやっていたから。実際、兄より勉強ができました。それからは英語にハマり海外に留学したいという思いが強くなりました。



中学生の時には頼み込んで、カナダに2週間だけ行きました。本当に狭い中に囚われてるんだと世界感変わりました。行かせて貰えたことでますます勉強を頑張りましたが、それも高校受験の時に打ち砕かれました。成績はとにかく良かったので進学校に行き大学を目指したかったがそれは叶わずでした。やりたいことが分からない為学びながら何か見つかればと思っていたからです。先生も母親に熱弁してくれわたしのことを応援してくれましたが、父が決めた学校しか認めないということでした。



後から言われたのは、海外に行かせたのは、夢を諦めさせる為だったらしいです。



それからはわたしは希望もなく言われた通りに高校に通いました。商業系の学校でパソコンを使う授業からスタートしましたが家にパソコンなんてなく、タイピング全く出来ず、出だしからつまづいて、休み時間もパソコンの練習をして出来るようになるまで必死に授業に食らいついていくしかなかったので本当に苦労しかなかったです。



わたしに対しては成績ばかりを求められ、早く就職して欲しいという願いに応えるのがわたしの役目だと言われていました。父は無関心で、母はとにかく必死でそんな母が嫌でした。いい成績、結果を出しても「テストが簡単だったんでしょ?」と言われた時は、何で頑張って勉強してるのか分からなくなりました。母の気持ちに応えられたら嬉しいみたいなスタンスだったからショックを受けたのを覚えてます。





毎日出来ないことばかりで、わたしこの学校に何しに来たんだろうって気持ちでいっぱいでした。卒業して色々マスターした今では、色々学べて良かったと思います。



それから社会人なってしばらくしてから、ぼそっと、母は大学に行かせれば良かったと後悔しているとも話してくれた事がありました。





やることのほとんどを全て父に決定権があり、やりたいことは却下されていました。母もそれに従う感じでした。決められた道を歩む中で、将来の夢も持たぬまま成長していき、他にも色々あってこんな家はいたくないし、はやく家出てやるという思いしかなかったように思います。


決断、反発

高校卒業したら家を出るつもりでいたので、どうしたら納得するか考えて、大阪の看護師を目指して仕事も寮もある所を選びました。

そしたらわざわざ家を出る必要ないし、近くで就職したらいいんじゃないかとお互い譲らずに何時間も何日も大喧嘩になりました。

なんとか渋々了承してくれました。

わたしが看護師を選んだのもきっかけにしか過ぎず、とにかく家族から離れたかったわたしのその場しのぎの目標でしかなかったです。

勉強や仕事はやるからにはきっちりやりたいので真面目に取り組みました。仕事自体は素晴らしい職業で生死に関わる大変だけど、人の役に立てる仕事でやりがいもありました。



しかし、やりがいを持っていたけれど、人の醜い面が目立ってしまって嫌になり辞めてしまいました。決して全てのところがそうって訳ではなくわたしが働いたところがたまたまそうだったのです。



友人関係でも仕事関係でも、どこでもそうだけど、女性がたくさん集まるとボスが現れ仕切ってくるし、少しでも何かマイナスポイントがあると仲良しこよししてたのが嘘のように的にまわる。

みんな合わせて褒めたりけなしたり、ごますったり、上辺だけの付き合いに意味あるんのかと思うのです。

もちろん男女共にあると思うけれど女性の方が特にそういう性質が強く感じる。

群れたり、顔色を伺って機嫌とって、とにかく皆んなと一緒がいい、違うと不安になるということもありましたが今はそんなことしたら疲れてしまいますし避けてます。





女の人って面倒くさい。笑



※あくまでわたし個人の意見です。



辞める際も両親とかなり揉めた末に、わたしのことは、呆れて諦められました。




自分で選んでみた仕事

病院を辞めてからは、寮を出なければならず、家探しからでした。とりあえず駅近で、全く土地勘ないので不動産屋さんに丸投げして、どの場所がいいかなど部屋探しも気付いたらそこの社員さん皆で対応してくれていました。そんなこんなで無事に決まり、1人暮らしスタート。不動産屋さんに感謝しかないですね。



病院を辞めてからは、ユ〇クロで働きました。単純に時給が良くて名前も有名な知ったところだったから。わたしが働いてた頃は、朝は早く夜は遅く体力仕事はめちゃくちゃ大変でした。マニュアル通りで気持ちは楽でした。友人関係も出来て比較的楽しくやることができていました。



プライベートも充実し、生活たも安定していました。



働いて行く中でファッションが好きなわたしは、もっとブランドのあるお店で働いてみたいと思い友人に相談したところ、応援してくれて、すぐに行動に移しました。

たくさんブランドがあってどれを選んでいいやら悩みましたが、自分が今まで選んだことのない知らないブランドを選びました。



当時のわたしは、田舎者丸出しで本当に無知でした。例えば、電車もあまりない田舎と比べて路線が色々あるし、「御堂筋」って何かも知らないくらいのレベルでした。駅員さんに「御堂筋って何ですか?」って聞いて「はっ?!?」って言われて何とも言えない気持ちになりました。

今思えば、その時の駅員さんの気持ちも分かります笑



都会の全てが新鮮でスポンジのように見たもの聞いたもの感じたもの全て吸収して、1つ1つ学びながら自分のものになっていく感じでした。



そして面接を受け、某セレクトショップで働くことになりました。最初はファッション知識0で、接客も話も何話していいか分からないし、オロオロするばかりでした。

ある時、何万円もする服が入荷して見ていると、店長から「知識もないのに対応しないでくれる」「もし売れたとしてもまぐれで、本当にお客様は満足してくれない」と厳しく言われ、ハッとしてしまいました。



それからは、悔しくてファッションについての知識や接客を必死に学んだのを覚えてます。その言葉があったからこそ、成長出来たんだと思います。アパレルの仕事に対する姿勢が足りなかったのです。



アパレルの仕事はとにかくおもしろくて、接客に正解なんてないし、ある程度自由度があって自分に合っていました。スタッフとの関係も良く、上下関係もあるもののフラットに接してくれて皆に等しく楽でした。

やりたいこと見つけた!と思いました。



その後辞めるまで仕事を続けていました。


仕事に対してわたしが思うところ

アパレルの仕事には店舗間で異動があります。他の仕事でもそうだと思います。



環境が変わるとこれまで良かったものが全く変わったものになってしまったのです。

人それぞれ違った価値観があり、考えがあり、受け取り方も違いますよね。



またもや女グループ問題です。



はじめに言うとわたしは本当にわがままなのです。



上司ではあるけれど同い年でとにかくボス感が強かったのです。すごく苦手でした。どこにもいますよねひとりはそういう人。仲が悪かった訳ではないけれど取り巻きの中でわたしは浮いていました。



わたしは合わせたりするのが苦手で、正直にかわいくないとか似合わないって言っちゃうので、本当に変わってるねって言われてました。



それから色々あって退職して地元に戻ることになりました。

(色々とは、話すと長くなっちゃうので別の機会に話しますね)





地元に戻ってからの就職活動は苦戦しました。

佐賀は基本的に車社会です。どこに行くにも車が必要です。

自転車で行こうにも遠く雨の日は大変です。

交通手段が少なく、通える範囲に働けるところがないところが多く、選択肢が少なかったのです。



車も金銭面で失敗して(自分のバカ)しまい、仕事も見つからずで、ローンが組めず、一括で買えるわけでもなく諦めるしかなかったのです。



今の目標は時間かかっても車を持つことです!笑



何とか見つけて就職して辞めて就職して辞めてを繰り返して今に至るんです。



最初の職場では、人間関係は良好で、上司にも相談しやすい環境でした。教育係の人がとにかく熱血で、どうしてそこまで仕事に打ち込めるのだろうと引いてしまっている自分がいてこんなことやりたくないと、合わずに辞めてしまいました。辞める際にはなしを聞いてくれた上司に、色々思いがあって、いいものを持っているから、これから応援している、起業してみるのもいいんじゃないかと言われたことがすごい引っかかったんです。

そんなこと言われたのは初めてで嬉しびっくりでした。



やってみたいけど、起業するってどうしていいのかわかんないし、やる気にならず頭の片隅に追いやってました。



それから家族経営のアパレル会社に入りましたが、とにかく社長が最悪で辞めてしまいました。

会社の風土自体も古い考えで入った順番で地位が決まっていて社歴が長い人が偉くて意見なんてほとんど言えないし、朝礼の立ち位置も基本自由だけれど、偉い人がいる横にいると、ここにいるのは場違いで、下っぱはあっちの方と言われてしまうような環境でした。ほんと何これ!



自分の知り合いでも何でいいから呼ばなければいけず、ずっと電話をして勧誘して、ほとんど辞めて欲しいとかまたかけてきたみたいな対応されてしまう始末。お金払って会員になってもらう必要があってそれが自分の顧客になって数やら売上が自分の評価になる。そして上面のいいことばかりでお客様満足なんてお金持っているお客様だけで他は相手しないみたいなスタンス、そして何よりスタッフがオシャレじゃない感じが嫌でした。

社長からもいつでもクビにできるし、売上取らないやつは給料払いたくない、出来が悪いなど言われ、えっ、パワハラじゃない?と思うところが多々あって全部言いたいこと言って辞めました。





経営者として売上を出さないと赤字になるし言い分もあるのは分かるけど労働者としては自分の時間を会社に提供しているわけです。



働くって難しいなぁ。



他にも就活していて、求人広告に未経験者歓迎みたいに書いてあるから面接受けに行って、やった事ない人はちょっと……って苦い顔されることが多く、はじめから記載しないでと思ってしまう。



意欲的にやるも連敗を繰り返してやる意味あるんかて思えてきてこれまでの時間が本当にもったいないと思って、すっかりやる気がなくなってしまった。

皆んなと同じように、仕事をしていることが正しくて、仕事してない人は間違っているみたいなスタンスがあって不安になって病んだりもした。

周りと同じように生きてることが重要だと流され流されまくりだけど本当にそうかな?

無意味に感じてしまう。



何か自分できることないかと



今は

ブログがんばります✩.*˚



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